バイオセメント とは環境に配慮したセメント素材、もしくは技術の総称で、国内外で様々な研究が進んでいる。
今回紹介する 帰する貝 もそうした中の一つ。
京都工芸繊維大学 大学院 多田羅研究室 でデザイン学を専攻する 藤澤 麻衣(Mai Fujisawa) さんが取り組んでいる研究テーマで、実際に素材作りまで行っている。
お会いしたのは 松ヶ崎祭 真っ最中の KYOTO Design Lab (以降、D-labと略す)。
そこで 帰する貝 の研究展示が行われていたのだが、運よくご本人から解説を聞く事が出来たので、色々伺ってみる事にした。

バイオセメント の研究概要
– 帰する貝 とは何でしょう?
「プロジェクトの名称です。
貝灰を用いた循環型セメント素材の研究、およびその活用提案を行っています。
社会が抱えている環境問題の解決には、環境負荷の少ない代替素材が不可欠と考えまして、将来何が我々の生活を支えるのか?こんな素材を使う世界もあるのでは?という想定の元、その可能性を広げることを最大の目的としています」
– それがこのコンクリートモデルですか?
「松ヶ崎祭にお越しの方に見てもらおうと、現時点での途中経過を展示させて頂きました」
– 見た目は普通のコンクリートと区別つかないですね。素材はなんですか?
「材料は主に貝、籾殻灰、水の3つです。つなぎのために細かく裂いた麻を混ぜています。」
– どのように作られたのでしょう?
「ざっくり言えば、それらの材料をただ混ぜ合わせて成型し、乾燥させただけです。
同じような素材である 漆喰 と ローマンセメント から着想を得ました」
「貝は、 D-lab スタッフの田井さん提供の食用ホタテやアサリ、そしてホームセンター “コーナン” で扱っている牡蠣殻を購入して使っています
これを D-lab 所有の電気窯を使って950度で3時間焼成し、その後、水と反応させて「消石灰(水酸化カルシウム)」にしています」
「籾殻灰は、仏壇の香炉灰として売られているものを使いました。
ちなみに、ローマン・セメントが生まれた古代ローマ時代では火山灰が使われていますが、簡単には手に入らないため、同じ “アルミノシリケイトが含まれるポゾラン素材” として論文に挙げられていた籾殻灰を使ってみる事にしました」
「消石灰とポゾラン素材は混ぜる事で “ポゾラン反応” を起こします。
その時に非常に強い結合を作るそうなんです。
その特徴を生かして製作したのが、こちらのコンクリート・モデルとなります」
– 古代ローマの技術と日本古来の漆喰が合わさり、しかも食卓でも身近な貝が使われているとは面白いですね。
「貝殻の主成分である炭酸カルシウムには面白い特徴があって、加工を通して石灰に姿を変える事が出来ますし、その状態で大気と反応すると、また炭酸カルシウムに戻ります。
元の原料に回帰する、循環する、という点でとても面白い素材なんです」
「先のローマン・セメントは石灰岩と火山灰が使われていましたが、私はこれらの材料を用いる事で、貝由来の循環可能性を持ったセメントを作ろうとしています。
そうして作られたセメントが海か陸地に放り出された際、いつの日か石灰岩の一部になれば。。。と思いながら研究を進めています」
– その第一歩がこのコンクリート・モデルなんですね。研究を始めてどのくらいでしょう?
「まだ4か月ほどです」※2025年11月時点
– 始めるにあたって、最初はどのようなアプローチからスタートしましたか?
「最初は学習と情報収集からですね。
私は以前、交換留学でフィンランドのアールト大学に行っていたのですが、その時の縁で同様の研究をしている大学生や、バイオアート研究の施設管理に携わっている方にメールを送りました。
大学生からは ”可能な限り質問に答えるよ” と返信を頂き、施設管理の方からは関連の研究者を紹介してもらったんです。
その際、参考になりそうな論文や記事をシェアしてもらい、バイオセメントの仕組みから勉強していきました」
「そうして学習を進めつつ、始めたのが自己修繕しない普通のローマンセメントの再現です。
まず、この貝灰セメントの実験から着手する事にしました。
D-labスタッフの田井さんにその事を話したところ面白がってくれまして、材料の提供など積極的に環境を整えてくれたんです。
そして ”コンクリートの文明誌” 9という書籍や紹介してもらった論文、記事を参考に、自分達で手に入りやすい材料で試すことにしました」
– 難しかった点などあれば教えてもらえますか?
「材料を合わせて成形するのに数時間、乾燥させるために10日ほど置きました。
本当は固まるまで28日は置く必要があるのですが、材料製作に時間を取られてしまい、乾燥に時間がかけられなかったです。
ギリギリ表面が乾いてくれたので、なんとかお見せできる状態になりました」
「それと貝を焼成する過程ですね。
これが一番の難関で、その難しさから研究が一度停滞しました」
「その理由は貝にあります。
貝には塩分が含まれている事が多く、その場合、高温で焼けば有毒ガスが発生するリスクがあります。
また素材自体に少しでも水分が残っていると、窯の中で水蒸気爆発を起こす可能性もありました。
そのためD-labスタッフの井上さんからは当初、学校所有の電気窯の使用許可は出せないと言われました」
「けどその井上さんから、京都産業技術研究所に相談してみてはとアドバイスを頂いたんです。
さっそくメールを送ったところ、焼成に使える窯の作り方(図案)と匣鉢を使う提案をいただきました。
わざわざ関連資料を調べて下さり、資料まで添付してくださったんですよ。
申し訳ないほど丁寧に対応頂き、本当にありがたかったです」
「窯作りはさすがに厳しかったのですが、匣鉢は大学の陶芸工房で見つけました。
ちなみに匣鉢とは、高温に耐えられる陶器の箱です。
それが使えるなら爆発やガスが発生しても窯に問題は出ないだろうと、井上さんからもGOサインを頂き、焼成を試す事にしました」
「窯のスイッチを押す時と開ける時、大事故が起こる妄想が脳を駆け巡って本当に怖かったですが、結果は950℃で焼成成功です。
爆発もガスも発生しなかったのでホッとしました。」
– そんな試練が合ったとは!形になってさぞ嬉しかったでしょうね。
その成果を今回、多くの方がご覧になったと思いますが、反応はいかがだったでしょう?
「他の人に見せる機会があまりなく、まだ数人にしか見てもらってないのですが”ちゃんとセメントっぽくなるんだねえ”と驚かれてました」
「ただ展示のデザインが良くなかったのか、その存在自体が多くの方に認識されてないようでした。
一目で内容がわかるものでもないので、今後は展示だけでなく、口頭発表での工夫も必要だと感じています」
「それでも私が不在の間、展示を見た学生が興味を持っていたと聞きまして、とても嬉しかったです。
次の機会は、常駐しようと思っています(笑)
そしてデザイン研究の強みを生かし、今後は成果物のビジュアルデザインにも力を入れていきたいです」

藤澤さんと研究のルーツ
– 一旦ここで、藤澤さんご自身の事を伺いたいと思います。
研究を始める事になったキッカケ、背景を教えてもらえますか?
「学部での卒業研究の最中、デザイナーが持つ制作物への責任についてと、それには循環性のある生分解性素材を使うのが理想ではと考えるようになりまして、それならばと2024年8月から2025年6月まで、先ほどお話したフィンランドのアールト大学へ交換留学に行きました。
この大学を選んだのは、こちらのコンテンポラリーデザインコースで生分解性素材を含む様々な素材について学べると考えたからです」
「ある日、指定のポッドキャストを聴いて感想を書くという課題があったのですが、その際に選んだコンテンツで「自己修繕コンクリート」の紹介があったんです。
内容は ”割れた部分に水をかけると塞がるという古代ローマ時代のセメント” と、それを発展させた ”バクテリアの排泄物で割れた箇所を修繕する現代のセメント” だったのですが、とても興味が沸きました。
ちょうど同じ時期、バイオアートの授業を受けていた影響もありまして、帰国したらローマンセメント、自己修繕セメント、バクテリアを用いたバイオセメントの製作を試してみたいと考えるようになりました」
– 以前からものづくりとかお好きだったのでしょうか?
「中学生の時、国語の教科書に載っていた 染織家の志村ふくみ さんの話に影響を受けまして、当時の夢は染織家になることでした。
ただ、そういったアーティストや職人といった世界に踏み込む勇気がなく、大学までは普通の学生生活を過ごしていました」
– それがなぜ こちらの大学へ?
「近しいことを仕事にしたかったからです。
中でも、四年制大学の理系枠でありデザインが学べる 京都工芸繊維大学デザイン建築課程 が自分の目標に叶うと考えました。
そしてこちらのデザインコースは3回生前期から専攻が分かれるのですが、私はプロダクトデザインを選択しました。
理由はなんとなくだけど、職人的な手仕事に憧れていたのも理由の一つだと思います」
– お話を伺っていると、一貫してものづくりへの道を歩んでいるように感じられます(笑)と同時に物理、化学といった知識も重要に感じたのですが、そのあたりはいかがでしょう?
「高校レベルの基礎知識は重要だと思いました!
私は京都工芸繊維大学に入学するため、高校では理系コースに進んで化学、生物基礎、物理を勉強していました。
そうでなかったら、この研究に踏み出してなかったかもしれません。
大学ではそういった授業はありませんが、志望はデザイン建築学課程だったので物理の学習は必須でしたね」
「そしてアールト大学ですが、私がいたコンテンポラリーデザインコースでもそのような科学系の授業はありません。
ただ興味を持ったバイオアートの授業に参加するため、そこで提供されているオンライン講義で再度勉強し直しています。
コースとは関係ないワークショップ形式の集中講義なため、専門知識を持っておく事が重要でした」
– アールト大学の事を教えてもらえますか?
「世界大学ランキングではアート、デザイン、建築分野でランクインする名門校です。
毎回先生が用意した論文を読む課題があったのですが、どの授業でも「これからのデザイン研究は学際的(複数の異なる学問分野や領域にまたがって研究や活動を行う様子の事)であるべき」という考えの論文を紹介されることが多く、幅広くデザインを捉える風潮があったように感じました」
– 先進性のある学びがあったようですね。
ところでフィンランドを含めたヨーロッパでは、バイオテクノロジーを活用したプロダクトデザインの活用事例ってあるのでしょうか?
「私が触れていた情報は展示会や研究発表(修士制作など)からのみでして、販売しているという話は聞かなかったです。
恐らく、活用まで至ってる例は少ないと思います。
ただファッション業界では、ハイブランドで販売されている例がいくつかあったはずです。
アールト大学でもファッションのコースがあり、ファストファッションへの問題意識から、バイオマテリアルに取り組んでいる学生が多く在席していました」
「個人的な見解ですが、こういった分野では “今社会に役立つものを作る” というよりも “いつか将来的にこんな未来がくるかもしれない” 、 ”今抱えている問題を将来的にこう解決できないか” 、等といった未来を想定して研究している方が多いと思います。
そのため、直近での実用化を目指している人は少ないように感じました。
それはそれで問題とも言えるし、実用化度外視だからこど、様々な研究がどんどん生まれているとも言えますよね」

現在の課題と今後に向けて
– では、話を再び”帰する貝”に戻します。
現在までのプロジェクトの進捗と課題について教えてもらえますか?
「まだ始まったばかりで、進捗は15%くらいですかね。
建材やプロダクトとして使える強度を実現する、どう変化していくのかを観察する、新しい原料で実験する、自己修繕性を実現する、バクテリアを添加する等など、まだまだ実現させたこと、試したいことが山のようにあります」
「目下の課題は強度です。
配合または材料の問題なのか、クッキーのように手で簡単に割れる程度の強度しか出せてないです。
これでは建材はおろか、身近なプロダクトにも使えません。
そのため配合と材料を変えつつ、どうしたら強度を上げられるかを実験中です」
「今はまだ参考にした既存研究の再現でしかないため、新規性、新たな価値をどう付与できるかを考えています。
日本らしい材料を使う、伝統工芸と組み合わせるといった方法も検討中です。
そして、このようなデザイナーが取り組む素材研究はヨーロッパが主流のため、いち日本人として、国内でもこの分野の可能性を広げていきたいと思っています」
– ”帰する貝”はどのような業種での利用を想定していますか?
「最初はテーブルウェアを想定していました。
強度が出ればローマンセメントのように、建材として使えるかもと考えています」
– もし企業、団体から何らかのアプローチ、支援の提案(例えば共同研究の申し入れなど)があれば、どうしますか?
「ぜひ、受けたいです!
デザイン建築学部は理系でもないため、研究といった作業経験も少なく手本もありません。
そのため知識がまだまだ少なく製作もDIYレベルなため、ちょっとしたアドバイスや参考文献でも、教えて頂けるととても嬉しいです」
– 最後に、博士課程修了後の将来をどのように描いているか聞かせてもらえますか?
「ゆくゆくは研究職に就くのが夢です。
アールト大学で多く活躍されているポストドクターに憧れがありまして、その方たちのように自分の研究を育てていきたいですね。
なにより自分の作りたいものを作る、面白いことを追っかけている人たちに囲まれている大学という環境が好きで、その場にいたいなと思っています。
そのためには、いつまでも親のスネを齧るワケにはいきません。
まずは就職して、自分自身のしっかりした生活基盤を作っていきたいです(笑)」
– 今後の進展に期待しています。
本日はありがとうございました。
「こちらこそです。
指導教員の先生やD-labのスタッフの方、同じゼミの学生に話を聞いてもらってはいるものの、一人で続けていることが心細く感じる事があるんです。
それだけに展示を見てくださったり、こうやって話を聞いていただけるのは本当に励みになります。
ありがとうございました」

デザインそのものを作るだけでなく、その始まりと終わりまでデザイナーは責任を負うべきでは?
そんな考えが発端となって始められた、この”帰する貝”という研究プロジェクト。
多くは既存の廃棄物を”なんとか再利用できないか”と取り組まれているが、製品開発でそこまで見越し、素材まで作り出してデザインするケースは珍しいように思う。
まだまだ藤澤さんの研究は始まったばかり。
SDGs への取り組みが叫ばれる昨今において、社会からの反響はどう出るか?
今後の展開に注目していきたい。
【取材・文】
編者(ものシンク)
【取材協力】
藤澤 麻衣さん
KYOTO Design Lab
京都工芸繊維大学