
外装だけでなく車内空間も。「中痛車」が切り拓く推し活とカーライフの融合
車好きにとって、愛車を自分好みにカスタマイズすることは大きな喜びだ。中でも、アニメやゲームのキャラクターで装飾する「痛車」は、日本独自のカーカルチャーとして根強い人気と情熱を集めている。
ゲーム開発ソフトを手掛ける(株)CRI・ミドルウェアでは、その熱量あふれる痛車文化に注目。外装だけでなく「車内空間」へも推し活の可能性を広げる画期的なデモを、Japan Mobility Show Bizweek 2026に持ち込んできた。
それが、今回紹介する「中痛車(なかいたしゃ)」。メーターパネルのグラフィックやエンジン始動時等のサウンドを、スマホアプリで自分好みに変更できるもので、車内を気軽に「推し」仕様にする事ができる。
ゲーム開発ソフトウェアとモビリティのSDV化を推進する、同社ならではの試みだ。
自己満足でOK!エンタメの力で車内を楽しく、安全に
「中痛車」のコンセプトは、どのようにして生まれたのだろうか。開発責任者である近藤 文仁氏によると、社内で新しいHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)のコンセプトを練る際、「マズローの欲求モデル」を活用して議論を重ねたという。
※マズローの欲求モデルとは?
アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した「人間の欲求は5つの階層(ピラミッド型)になっている」という理論。
CRI・ミドルウェアでは、ピラミッドの上層にある「他者からの承認欲求(=外装の痛車)」よりも、よりピラミッドの土台に近く、多くの人が共通して持つ「自分のための居心地の良さや自己満足 (=中痛車)」のほうが、マーケットとして裾野が広いと分析し、開発のヒントにしたという。
近藤氏は語る。「外装を飾る従来の『痛車』は他者へのアピールという承認欲求のレベルが高く、選ばれた人がたどり着く領域です。一方、『中痛車』は自己満足のためであり、数の多い層が狙える領域です。部屋に推しのぬいぐるみやグッズを飾るのと同じ感覚で、車内も自分に合った楽しい空間になっていくと考えています。」
さらに「音」の力も大きいという。「例えば、好きなキャラクターの声で『今日も1日安全運転お願いね』と言われたら、安全運転への意識が高まり、結果的に事故率が下がるかもしれません。エンターテインメントの力で車内を楽しくしつつ、安全に貢献したいという思いがあります。」
もちろん車である以上、安全は最優先される。「ウインカーの矢印模様や音など、法規に関わる箇所は変更できません。また、メーターの裏側に動画を配置することもNGにしています。人間は動くものをつい見てしまうため、気が散って事故につながる恐れがあるからです。」このように、徹底した安全配慮の上でカスタマイズの自由を提供している。

12億台の市場へ。クリエイターやIPホルダーを惹きつけるプラットフォーム
「中痛車」がもたらす体験は、特定のファンだけにとどまらない。「昔乗っていた車のメーターを表示して『魂を引き継ぐ』という楽しみ方をする人もいるでしょう。また、家族で車を共有する場合、お年寄りが乗る時は『メーターの字が大きい方がいい』など、ドライバーに合わせた『運転のしやすさ』に寄り添う仕組み作りにもなります。」
その仕組みだが、コンテンツベンダーにとっても新たなビジネスチャンスとなるかもしれない。「広告のような感覚で、企業が無償でデザインを配信することも可能です。また、クリエイターがLINEスタンプのような感覚で、メーターデザインやサウンドを販売することも考えられますね。」 現在、液晶ディスプレイが搭載されているモビリティはCRI・ミドルウェアによると世界で12億台を突破しており、今や家庭用ゲーム機の約10億台を上回る規模だという。「画面があるプラットフォームとして十分魅力的であり、IPホルダーの皆様にも新たな展開の場として伝わるのではないかと思っています。」

ゲーム開発の知見が支える「データ駆動」と「車載安全」の両立
スマートフォン経由で車のメーターをカスタマイズする。この手軽さを支えているのが、CRI・ミドルウェアが培ってきた技術だ。
最大の強みは「データ駆動(データドリブン)」という仕組みにある。「音楽ファイルがPCでもスマホでも同じように聞けるのと同じことを行っています。グラフィックのバイナリデータをサーバー上に置き、車側の『HMIプレイヤー』で再生しています。速度や回転数をボリュームのつまみに見立てて自動的につなぐため、プログラムの変更なしで様々な環境で動かすことができるんです。」
一方で、車載システムならではの安全性担保にも抜かりはない。「『混ぜるな危険』の精神で、コンテンツ領域と安全領域(速度計や警告灯など)のレイヤーを分離し、絶対に隠れないようにしていま す。さらにデザインの登録時には、弊社の認証プログラムを通します。例えば、ウインカーと見間違えるようなデザインが含まれていないかのチェックを、そこでしています。」
B2BからSDVの未来へ—「車」ではなく「人」に付いていく HMI
「中痛車」の技術は、エンタメ領域を超え、B2B(商用利用)や今後のSDV(ソフトウェア定義車両)の未来にも大きく貢献する可能性を秘めている。
「実は、実家が運送業を営んでいます。そこでの経験ですが、複数台の車を乗り継ぐ際、メーターが変わる事が非常にしんどいと感じていました。でも、スマホに好みのメーターデザインが入っていれば、どれに乗り換えても見慣れたメーターへ瞬時に切り替えできます。それまで感じていたストレスも解消され、より安全性が高まります。このコンセプトは、カーシェアなどでも有効ですね。」
SDV化が進む中で、HMIの主役は「車」から「人」へと変わっていくと近藤氏は語る。「『この車を買ったからこのメーター』ではなく、『僕が乗るからこのメーターだ』と、ヒューマン・マシン・インターフェースの『ヒューマン』が主役になるべきです。もし自動運転で余暇時間が生まれたら、車内の『居心地の良さ』が見直されるでしょう。そうなった場合、私たちがゲームで培ってきた『エンターテインメント』や『居心地の良い空間づくり』の知見で貢献できると考えています。」
「痛車」というポップな切り口から見えてきたのは、誰もが自分らしく、そして安全に移動できる未来のモビリティ空間の姿だった。CRI・ミドルウェアの今後の展開に、ものづくり業界全体が注目すべきだ。
【取材・文・撮影】
ものシンク編集部
現役ITエンジニアの視点から、日本の「ものづくり」と「インフラ」の最前線を独自の切り口で紐解くWebメディア。
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