
猛烈な暑さと強烈なGがドライバーを襲う「スーパーフォーミュラ」のコクピット。この過酷な極限環境に、家庭の食卓でお馴染みの「タイガー魔法瓶」が挑んだ。
それが、先日発表なった 「レーシングドライバーJuju選手」専用に開発されたレース用ドリンクシステム「Cool-Flow(クールフロー)」。
異業種である家電メーカーが、いかにしてモータースポーツの過酷な要求に応えたのか?
既に各報道媒体にて多くの反響を巻き起こしているが、今回は、プレスリリースでは語られない苦難と、自社の既存技術(コーヒーメーカー)を応用した鮮やかなブレイクスルーの裏側を、開発担当者であるR&Dマーケティンググループの 村田 氏 に直撃した。
1. 極限環境を支える「Cool-Flow」とは?
レース中のマシンのコクピットは、時に室l温が70℃にも達する過酷な酷暑空間となる。
そこでタイガー魔法瓶では、長年の製品開発で培った高い断熱技術と熱コントロールのノウハウを結集し、極限環境下でもドライバーへ確実に「冷たいドリンク」を届ける仕組みを構築。これにより熱中症や脱水症状による集中力およびパフォーマンスの低下を防ぎ、過酷なレースを戦い抜くアスリートの安全をサポートする。
【主な仕様と特徴】
- 極限環境での保冷性能: 最大70℃にもなる車内温度のなかで、レースのスタートからフィニッシュまでドリンクの冷たさを確実に維持する。
- スムーズな送水システム: レース中の激しい振動や強烈なG(重力加速度)の中にあっても、ドライバーが給水したいタイミングで瞬時に冷たい水分を摂取できる専用設計を採用。
- 車両に最適化されたパッケージング: タイムに直結するマシンの重量増を極力抑え、限られたコクピット内のスペースにも安全に搭載可能な設計を実現。
モータースポーツという未経験の領域において、同社の「冷たいものを冷たいまま届ける」という技術が見事に最適化されたシステムとなっている。
※プロレーシングドライバーJuju選手のパフォーマンスを「タイガー魔法瓶」がサポート。専用ドリンクシステムを新開発(タイガー魔法瓶プレスリリース)


2. モータースポーツファンとしての視点が生んだ「逆提案」
今回のプロジェクトを牽引したのは、R&Dマーケティンググループに所属する 村田 勝則 氏だ。以前はカスタマーサービス部門に在籍し、新聞紙を燃料にご飯を炊くヒット商品「魔法のかまどごはん」を企画・開発した事でも知られている 。
そんな村田 氏、実は大のクルマ好きでモータースポーツファンでもある。
現在は納車したばかりの「ホンダ・シビック タイプR」と、「ホンダ・S2000」を所有。
S2000 では、自らのドライブでサーキット走行も楽しまれている。
そしてモータースポーツは「Super GT」をはじめ、時間があれば観戦に足を運んでいる。
本プロジェクトは、こうしたバックグラウンドが色濃く反映される形でスタートした。
元々は「魔法のかまどごはん」を通じて知り合った Juju 選手の母・ 野田 雅恵 氏 (NODAレーシングコンサルタンツ)から、”レース後に格好よく飲めるボトルを作ってほしい”という相談を受けたのが始まり。
ただ 村田 氏 側では人づてで 「レーサー用ボトル」の開発依頼を聞いており、そこへ自身のバックグラウンドが合わさった事もあってか、脳内では「レーサーの水分補給」という言葉が、自動的に「レース中の極限状態における給水システム」へと翻訳されていた。
その後、実際にお会いした際に勘違いに気が付いたが、話はそこで終わらず。
サーキットの過酷さとドライバーの脱水リスクを肌感覚で知る 村田 氏 は、そこで引き下がらなかった。
――「レース中の水分補給の課題を、うちの技術で解決させてくれませんか?」――
この革新的な「逆提案」を発端に、プロジェクトの歯車が回り始めた。
3. 会社を動かした「魔法瓶の原点」
最大の壁は ”なぜ家電メーカーがレース用機材を作るのか?” という社内の説得だった。
村田 氏 はこの難題を、自社の「歴史」と「理念」に結びつけることで突破する。
ポイントは2つあった。
1つ目は、同社が2004年に二輪の「モリワキ」のスポンサーを務めていたという過去の実績。
そして2つ目。これが決定打となる。
村田 氏 はタイガー魔法瓶の創業者の想いに言及。起業のキッカケとなった「母親の淹れてくれた温かいお茶が飲みたい」という創業者の想いと、「暑い過酷な環境で冷たいものが飲みたい」というレーシングドライバーの切実な願い。温度こそ違えど、創業者の理念と本質的に同じではないか?。
この熱い語りが上司や社長からの賛同を引き出し、プロジェクトを正式な取り組みへと押し上げる事となった。


4. 救世主は「コーヒーメーカー」
開発は困難を極めた。当初はチューブを断熱し、周囲に保冷剤を詰め込む構造を考案したが、テスト走行では、”チューブ内に残ったドリンクが凍結して詰まる”、という致命的な失敗を犯してしまう。
レース本番でこれが起きれば、ドライバーは2時間水分を摂れない。自ら持ち込んだ企画であり、何より憧れのトップカテゴリーというプロフェッショナルな現場に足を踏み入れた以上、このまま引き下がるわけにはいかない。
そこで 村田 氏 は、自社の既存技術の転用を閃く。液体が残るから凍るのなら、飲んだ後にボトルへ戻せばいい。この「フロー(戻す)」の仕組みの実現に用いられたのが、なんと自社製品である「コーヒーメーカー」の技術。これに使われているポンプや電磁弁などの応用により、レース本番に耐えうるシステムをわずか1ヶ月で形にした。
ちなみに「Cool-Flow(クールフロー)」というネーミングは 村田 氏の考案で、この時の「フロー」と”冷たい”、”かっこいい”の「クール」を合わせる事で、”冷たいものを通す”、”カッコよく給水する”という意味を込めて命名された。
その「1代目」がデビューしたのは、スーパーフォーミュラの初戦。
その後、チームや Juju 選手からのフィードバックを受けながら改良を重ね、現在は「4代目」へと進化を続けている 。
5. ニッチな課題が照らす「テストベッド」の価値
このシステム「Cool-Flow(クールフロー)」。
現在までに、他チームや他カテゴリーから多くの打診があるようだ。しかし現状は Juju 選手のサポートだけで手一杯という。
レース用機材は量産品とは桁が違うため、このシステムをそのまま一般販売することは難しい。しかし、一般環境では見えない「ニッチな給水の課題」にアプローチできたことは、同社にとって大きな財産となった。
極限環境を自社技術の「テストベッド」として活用し、創業者の想いを新たな形で体現した「タイガー魔法瓶」の挑戦。
未知の領域で自社技術のポテンシャルを証明するこのアプローチは、多くのモノづくり企業にとって、次なるイノベーションへの大きなヒントになるはずだ。
【取材・文・撮影】
ものシンク編集部
現役ITエンジニアの視点から、日本の「ものづくり」と「インフラ」の最前線を独自の切り口で紐解くWebメディア。
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タイガー魔法瓶(株)